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琥珀の銘:0

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これは、いつの事だか僕もはっきり覚えていない、子供のころの話だ。
17、8にもなった人間ならば、おそらくそのほとんどが一度は経験したことであり、かつ青臭い恥ずかしさによって口に出そうとはしないことであろうが、僕にはあこがれの人がいた。
 なぜ僕が恥を押してこんな話をしているかはすぐにわかることになると思うので、とりあえずは僕の青臭くってそのうえ春の装いをした思い出話をしようと思う。
 当時僕がお熱だった相手は、よくありがちな近所のお姉さんでもたまに会う年上の従妹でもなくて、名前も知らない、おそらくは同年代の女の子だった。
 僕と、そんな彼女の関係はというと、言ってしまえば覗きの加害者と被害者であって、このことからもわかる通りに、僕と彼女の間にまっとうな付き合いはなかった。
 僕と彼女の関係について詳しく説明するとこうだ。
 僕が彼女と出会ったそのころ、やんちゃ盛りだった僕たちは、なにかと無茶をしようとした。僕らは罰ゲームと称して今になって思えばとてもとても正気の沙汰とは思えないようなこと(たとえば、越夏してしまったロケット花火の標的になるだとか)をしていて、その機会は能力に応じて、グループの皆に、基本的には均等に与えられていた。
責任能力もなく、またそんな言葉なんて知ったことではない子供たちは、自分が罰を受けなければそれでよく、直前まで罰に恐れていた自分を忘れて、自分以外の、苛烈な罰を幼い心と体に刻むことになった友人をはやし立てることが出来るのだ。
 そして、その日は僕が罰を受ける番だった。
 照りつける日差しが印象に残る、暑い、とても暑い夏の日のことだ。
 もう何に負けたんだか覚えてはいないが、時折心地よい風が吹く猛暑日に、僕は、友人たちの無責任なはしゃぎ声を背に受けて、当時子供たちの間で恐れられていた屋敷の庭に潜入することになった。
 僕が家宅侵入を犯すことになった家は、僕の住む町のはずれにある豪邸で、その姿はまさしく物語の世界のお屋敷だった。山を背に負ったその屋敷は、立地から来る豊富な緑に囲まれて少し薄暗く、またその気品ある厳格な外観と相まって町の子供たちの恐怖の代名詞となっていた。
 そして、そこに住む人間はどうやら社交的ではなかったようで、その姿を見た事がある者というのは殆どいなかった。
 それがまたその屋敷の、らしい雰囲気に拍車をかけて、子供たちの恐れと好奇心を加速させていった。そして、加速された好奇と恐怖は当然の如く次のような疑問を生み出した。
 中にはどんな人が住んでいるのだろうか。
その疑問について追及することは、恐ろしくもある中で、どこか縁日で見るラムネのような、あるいは、その味から食べられもしないべっこう飴のような魅力を持っていて、そんなある種蠱惑的な追及を、子供たちはその豊富な想像力をもって行った。
その結果、屋敷にはお化けが住んでいるなんて、絵に描いたようにありきたりなものから、吸血鬼がいる、謎のモンスターがいる、竜王がいる、囚われの少女がいるなんて噂まで立ち始めた。
 もちろん僕も屋敷を恐れていた、今になって思うと本当にばかな子供の一人で、そんなゲームのラストダンジョンみたいな屋敷に潜入するのは、それはそれは本当に怖かった。
平和を、そしてクリスタルを求め冒険を繰り返していたその頃の僕は、一度出会ってしまえば竜王からも古代の生物兵器からも逃げられないことを知っていたのだ。
しかし周りの子供たちの無責任な言動すらも僕から逃げ場をだんだんと削り取っていって、結局僕はこの罰ゲームを受けるはめになった。
 中にいるであろう恐ろしい怪物たちに気づかれないように、こそこそと、まるでどこかの黒光りする虫のように身を潜め、屋敷の背の山のほうから、踏み固められていないやわらかい土を踏みしめ、斜面に並ぶ針葉樹の間を抜けて、無事に屋敷の裏庭にもぐりこんだ僕は、そのまま、屋敷の壁伝いに表に回り込んだ。
 もちろん窓の前を通るときは身をかがめることを忘れず、角を曲がるときにも細心の注意を払って、人がいない事を確認してから曲がった。
 主観では忍者のように、しかし今にして思い返すと、きっと客観ではやはり虫のようにして家の前面まで向かうと、高い気温にやられてか、洒落た造りの玄関ドアが口を開いていた。
 ふと、玄関の脇から正門のほうを見ると、高く、四肢に澄み渡るような気持ちのいい青空が、陽光を、手入れの行き届いた庭に溢れさせ、大理石の白が、植え込みの葉のみずみずしい緑が、そして玄関の目の前の噴水の透き通る一滴が、蒼穹から溢れた光を受けて輝いていた。
 魔物が住むダンジョンにはふさわしくない光景だな、と、呆然と思った。どっちかっていうと、天使や神様のいる楽園みたいだ。でも最近は、神様がラスボスの時もあるんだよなあ。チェーンソーを用意するべきだったのかもしれない。本物のチェーンソーなんて見たこともないし、どこにあるのかも知らないけれど。第一、多分僕には使えないだろう。
 僕の理性は相変わらずくだらない事を考えていたけれど、このとき、なにかが押し寄せてくることを、僕は確かに感じていた。
 焦燥感なのか、それとも期待か、緊張か、歓喜か、とにかく、何か、大きな予感に、僕の胸は締め付けられたし、いつもより強く弾みもした。
 そして、その焦燥感、または期待からか、僕の脳みそに稲妻が走った。きっと、こんな事を天啓というのだろう。
 僕は、本当に何を考えたのだか、湧き上がる直感と焦燥感に従い、古代兵器と竜王とクリスタルと神様と、そしてもしかしたら――囚われの少女が眠る屋敷の中に向かって駆け出したのだった。
 飛び込んだ屋敷の中は、薄暗く畏怖を駆り立てる外見とは裏腹に、信じられないほどの清潔さであった。
 玄関には最低限の砂埃しかなく、辺りの調度にも塵一つ載っていない。またさりげなく廊下に設置された電話機も、まるで今しがた電気屋で買ってきたように埃一つなく清潔で、唯一それらにけちをつけたのはプラスチックの経年による劣化だけだった。
 屋敷に飛び込んで数瞬、辺りを見回した僕はもうすでに、ここが恐るべきダンジョンであることを忘れていた。
 わくわくした。
 どんな人が住んでいるのだろうか。
 それは先までのネガティブな疑問ではなく、こんなきれいで立派な家には、いったいどのような人が住んでいるのだろう、という極めてポジティブな疑問だった。
 そして僕は、靴を脱いで傘立ての陰に隠すと、欲求を満たすべく屋敷の奥に向かってまたも歩を進めた。
いったいどんな人物がここに住んでいるか確かめる気だったのだ。
もちろん、見つかったらこの家の主からも、今頃カレールウを煮詰めているだろう我が家の主からも大目玉を食らうことは容易に想像がついたので、それはもう、やはりどこかの虫のようにこっそりと、気配を消して進んでいった。
家の中に入って五分は過ぎただろうか。
屋敷の中は、やはりきれいに掃除されていて、そして子供の目にも高級だとわかる調度で清潔に整えられていた。
今までに人がいたのはキッチンだけで、見たところ、それ以外の人は出払っているようだった。
 そのことがわかった途端、ふと、ある欲望が、ふつふつと心の奥底の暗い部分から湧き上がってきた。
 このドアを開けてみたい。開けて、中に何があるかを見てみたい。
 廊下ばかり歩きまわっていて、初めは物珍しかったものに慣れてきたのかもしれない。
 もしくは、子供は子供なりに、暴かれずに眠り続ける罪は罪と呼ばれないことを理解していたのかもしれない。
あるいは、きっとその両方であった。
 欲望と誘惑に身を任せ、僕は手元にあったドアノブを、ゆっくりと音を立てないようにひねった。
 恐らくそこは、物置部屋か何かだったのだろう。ストーブだったり、あるいは扇風機の箱だったり、埃を被った花瓶だったりと、生活品からよくわからないものまでいろいろなものがごたごたに置いてあった。
 なんだか、嬉しくなった。
 散らかった物の置き方。中身のない箱。
 そんな些細なところにも、ちらほらと住人の人間味が見えてきて嬉しくなったのだ。
 ドアを開けても何も恐ろしいことはなかったこと、そして物置部屋の人間性によって僕の気分は最高だった。
 それからも、なんとなく気が向いたドアがあると、中に人がいるかドアに耳を当て念入りに伺ってから開けてみた。
 幸いか、それとも僕が真人間でいるためには不幸なことに、家の中にはやはり、キッチン以外に人がいないようで、僕はほとんど片っ端から、よそのお宅のお部屋事情を覗き込んでいった。
 僕にとって面白くないことに、多くの部屋は使われていないのか、ホテルの部屋のような、ある種の無機質感を孕んでいたが、それでも、僕はその、大げさに言わずとも犯罪に分類される行為のスリルを快楽に捉えていて、目の前にある長い廊下といくつものドアにのめりこんでいった。
 そんな事をほんの少し繰り返し、そろそろいい頃合いであろうかと玄関に向かう途中で、最後の未練であったのだろうか、僕はあるドアを開いた。
 もちろん、中にだれもいないと判断しての行動であった。
であるから、僕はドアを開けた先の光景に、何よりもまず度肝を抜かれることになる。
 部屋の中には。古めかしい大きな椅子が置いてあって。
その上には、人形のように美しい少女がちょこんと、まるでどこかのお姫さまのようにお上品に、かつ可愛らしく座って、夢と戯れているのだった。
目が離せなかった。早く逃げたほうがいいことはよくわかっているのだけれど、体が言うことを聞かなかった。
僕の目の前で眠っている少女について、まずはじめに浮かんだ感想は、先に述べたように、人形のように美しい少女、という定型文だった。
しかし、すぐに気付いたのだけれど、それは大きな間違いで、この少女の持つ艶めかしさは、その黒く艶やかな美しい髪の風に吹かれて流れる様は、そして何よりも、見ているだけで僕の神経に訴えかけてくるその少女の温かさは、どれもけして人形などにはないもので、人形と比べるなどということは少女のその魅力に、美貌に、当然のごとく少女に対し失礼極まりないことだった。
子供心に、強く彼女をかき抱いてみたい、と思った。
しかし、誰の手も届かない所に置いてずっと眺めていたいとも思った。
僕の体がそれらの欲望に負けなかったのは、ひとえに二つの欲望が相反するものであり、そしてどちらも同じくらい魅力的であったからである。
要するに、子供のちっぽけな理性なんてものは、とっくの昔、少女を見た時に既に吹き飛んでいたのだ。
そんなことをしたらどうなる、とは微塵も考えなかった。
それよりもただ、僕の目は、少女の神聖さすら覚える美貌に、凋落の美を感じさせる、どこか退廃的な可愛らしさに、そしてそれら二つを兼ね揃えた寝姿に夢中で、耳は彼女の息遣いを追っていて、肌は彼女の柔らかさを想像してうち震えていて、鼻は女の子特有のフローラルな香りに骨抜きにされていて、そして何より第六感は彼女の放つ魔性としか言いようがない蠱惑的な魅力にガッチリと捕えられていた。
僕が彼女を見つけてからどのくらいたっただろうか。
彼女を見つけてから今に至るまで、僕はずっと身動きが取れないでいた。
早く逃げたほうがいいのはわかっている。
今自分がしていることがどんなにも愚かかはよくわかっている。
だけど、僕の体はまるで、ゼンマイが切れてしまったロボットのように微動だにしないのだ。
 もっと彼女を見ていたい。
 彼女に触れてみたい。
 彼女をこの手で抱き締めてみたい。
僕は、その欲求に突き動かされるままに、長く、とても長く続いた僕と彼女の均衡を破り、そっと足を踏み出した。少しずつ、少しずつ。
今になってもあの時、どうして僕は落ち着いていられたのか分からない。
しかし、現実に僕は、とても、とても落ち着いた、そう、ちょうど子供の手を取って歩く母親のようなゆるやかな足取りで、彼女に近づいていったのだ。
そして、ついに、僕の腕が彼女の髪に触れた。滑らかな髪を一房すくい上げる。すると、それはまるで流体であるかのように僕の手の、四つの指の股をすり抜け、定位置へと戻っていった。
彼女の髪は僕の手の感覚神経を強すぎず、だけど物足りないということはなく刺激していった。いままでに経験したこともないような快感が走る。
まるではちみつと練乳をかけ合わせたかのように甘い、その快感は、一度味わってしまえばもう抜け出すことは難しく、僕はもう一度彼女を求めようとしてしまう。
それはまさに薬物の禁断症状と門を同じくする欲求であり、一度快楽を味わった僕に抗う事は出来なかった。
腕が伸びる。
指先が再度彼女の髪をすくい上げようとした瞬間、その日のなかでも、ひときわ強い風が吹いた。
開けっ放しであった窓から吹き込んできた強風は、僕の手の平から彼女の髪を吹き落していった。
そして、風は彼女の意識をまどろみから引き上げるのに十分な強さを有していたらしく――彼女の顔が、体が、ゆっくりと、ゆっくりと起き上がった。
彼女の目蓋が開いてゆく。
至近距離で覗きこむことになった彼女の虹彩は、日本人としては宝くじの一等と同じくらい珍しい琥珀色(アンバー)で、それもまた少し目にかかる黒髪と互いを引き立てあって、彼女の美しさを引き立てる。
いわば、先程までの彼女の姿は未だ、未完成であって、彼女がその眼を開けた瞬間に彼女という芸術は完成したのだ。
またも、僕の四肢は金縛りに遭ったように動かなくなる。
この瞬間、僕と彼女の関係は、圧倒的に彼女が上位にあって、僕の本能とでもいうべき何かが、彼女は捕食者で、僕が喰われるものだということを理解していた。
起きぬけに不審者と見つめあった人間が普通、どんな反応をするかなんて容易に想像がつきそうなものなのに、このときの僕の体は、まさに蛇ににらまれた蛙となって、捕食者に運命を委ね、動くことを良しとしなかったのだ。
しかし、僕にとっても幸運なことに、彼女は普通ではなかった。
見つめあうこと数秒。
彼女の琥珀色を目の前にした僕は、緊張の余りその数秒の間に地球が二回転はした気がしたけれど、とにかくその後に、彼女はその瑞々しい、どこか幼い唇を動かしたのだ。
それだけで、僕の目はその小さな、しっとりとした唇に釘付けになる。ゆっくりと彼女の唇が動き、言葉が紡がれる。
「――だれ? あなた、だれ?」
その言葉で、僕は、自分がだれであって何をしていたのかを、初めて客観的に理解した。
どこぞやのお姫様も、十二時の鐘が鳴った時こんな感じだっただろう。まさに、我にかえる、とはこういうことを言うのだ。
そう。魔法が解けたら帰らなきゃならない。
もっとも、僕のそれはシンデレラと違って純粋に自分の立場が危うくなるからなのだけど。
「また」
喉の奥から声を絞り出す。ちゃんと喋れるか不安だったけれど、どうにかそれだけを言うことはできた。
不審者にこんなことを言われて、いったい彼女はどう思ったろうか。
怖がらせたかもしれない、不気味だったかも、気持ち悪かったかもしれない。
でも、どうしても僕は、彼女とこれっきりでお別れというのでは我慢ならなかったのだ。そんな、一方的な好意の押し付け。
そして、言うことを言い終えた僕は、彼女からゆっくりと距離を離して――脱兎の如く、玄関へ向かって駆け出した。



この後、少しすると、屋敷から人の影が消えた。聞く話によれば、どこか別の町に引っ越したということだった。
しかし、いや、そのためか、僕は、それなりにいい年になっても、未だに、昔々一目見た少女のことが忘れられないでいたのだ。



「いいでしょう。あなたを採用しましょう」
そして、僕はいま、何故か、彼女によく似た黒髪に、彼女によく似た琥珀色に、そして、彼女に、本当によく似た少女に正対しているのだった。
「さて、では、貴方には、この屋敷の執事――といっても所詮間に合わせだけれども――として働いてもらうことになります」
僕は、何故かまた、あの時の彼女に巡り合って。
「では、これから私のことは」
何を言えば、何をすれば、何を思えばばいいんだろう。
「御主人様と、お呼びなさい」
 

続く
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