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バンシィ・ノルン

つくった 

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この程度で音を上げているとほんとあれなんですが正直パーツ数多くて処理と塗装がめんどくさかった……
通常ユニコーンも前作ったけれども、もっと手抜きした方が楽しいかもしれない まあ今回は学生最後になりそうなので真面目に作りましたということで

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スーパークリアーグレートーンの威力に感動して水性クリアー投げ捨てました。

WF2015W

WF2015W,応募してます。

ネタはパープルソフトウェア様の

「ハピメア」
「ハピメアfragmentation dream」

から、

「内藤舞亜」

「蓮乃咲」

で。両方1/8で、ポーズはセット。

もしかしたら咲は展示だけにするかもです。

進捗はこんな感じ。
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よろしくでーす!

彼女は空になんとかかんとか(仮):1

新しいのかいてます。SF青春なんちゃらとかそんなの。



 夢を見たのだ。
 多分、寝る前にやっていたロールプレイング・ゲームか、最近こっそりやっている美少女ゲームか、それとも、立ち読みした漫画雑誌か何かに影響されたのだと思うのだけれども、とにかく、僕はその日、夢を見たのだ。
 背の高い瑞々しい緑色の草原があって、緩やかな風が吹いていて、白いワンピースを着た、つややかな黒い髪を長く伸ばした少女が、こっちを見ていた。少女は、控えめに言っても、僕の通うハイスクールに一人もいないほどの美少女で、テレビの中で露出の多い服装で太腿をちらつかせながら嘘くさい歌を唄う女の子たちに決して負けないほどの美しさだった。
 少女は、僕の方を見て、微笑んでいた。
 その表情は、何かを期待しているようで、喜んでいるようで、僕はそれを見て、何か、焦燥感のような、使命感のようなものを感じてしまったのだ。
 ここまでなら、思春期特有の、童貞臭い、美しい恋愛への憧れみたいなものが映像化した、恥ずかしい夢を見たという、どちらかといえば思い出したくもない出来事になってしまうのだけれども、この夢は違った。
 そう。夢の中の空は、青かったのだ。
 みずいろとも、青とも言い難い、輝くブルー。そらいろ、と言えばいいのだろうか。ともかく、そういう、ことばで表すのがとても、とても難しい色だ。あれは空の色であって、それがオリジンであるから、きっと他の何をもってしても表せないのだ。そんな、そんなそらいろを、僕は夢の中で見た。今でも鮮明に、あの夢のそらいろは思い出せる。
 人類が宇宙に進出してから、300年が過ぎたのだったろうか。確かそれくらいだ。僕たちが暮らす宇宙居住地、アイランドは、西暦の時代に放映されていた古典アニメに出てきたスペース・コロニーみたいな、円筒形をしている。僕たちの暮らすアイランドは、円筒を回転させることで遠心力を発生させて、重力の代わりにしている。これもやっぱり古典エンターテイメントのたとえになってしまうのだけど、水の入ったバケツをぶん回すコントを想像してもらうとわかりやすいのかもしれない。原理は同じだ。
 ともかく、僕の世界は、そういうところだから、空を見上げると、アイランドを回転させるための、ニュートラルグレイのぶっといメイン・シャフトと、うっすらと反対側の内壁の、コンクリート色をした地表が見えて、僕にとって空とは、少なくとも、そういうものなのだ。
 だから、夢の中で見た空が青かったから、僕は、何か特別な意味のようなものを、感じてしまったのだ。だってそうだろ?童貞の妄想なら、セックスしやすいように夢の舞台はアイランドの中になるはずだし、青い空なんてのは知識として知っているだけで僕は映像も見たことがないし、ええと、ともかく、あの夢は何か、何か特別だったのだ。そう思いたかったのだ。あと一年足らずでハイスクールを卒業し、ユニバーシティか就職か、ユニバーシティに行くにしても何を専攻するのか……そんな、自分というものが固まってしまうのが嫌だったのかもしれない。可能性を可能性のままで持っていたくて、特別な何かにすがりたかったのだ。

そんな、自分もだまし切れていないほどの言い訳で、僕は、地球に行こうと決めた。

地球。僕たちホモ・サピエンスの発生した故郷。今となっては、地球よりも、いくつかのラグランジュ・ポイント(重力の釣り合った場所のことだ)に建造されたコロニー(アイランドの密集地のことだ。コロニーには地球の旧国名が付けられ、特色が反映されることが多い。また、アイランドには地球の地名から固有名が付けられることが多い。たとえば僕は、ジャパン・コロニーのサガミハラ・アイランドに住んでいる)に住む人間の方が多くなってしまった。経済は宇宙空間を基準にして回り、政治だっていつしかアイランドで行われるようになった。むしろ、地球には何があっただろうか?遠い昔、地球を捨てきれなかった人間たちの家系と、実際の機能をアイランドに移して名前だけの国連本部と、あとはなんだっけ、そうだ、空がある。地球なんて、そんなもんだった。観光にしても観光コロニーがあるから、観光地にもなりはしない。だから、ぼくが地球に行きたい、と言った時に、彼女が賛成しないのも当然だった。
「地球?どうして、そんなところに行くの?」
揃ってハイスクールに向かう途中、全部同じ形の一軒家で埋め尽くされた住宅街を抜けて商店街に差し掛かるところで、地球に行きたいと口にした僕に、ずっとお隣に住んでいて、幼馴染としてぐだぐだと長い付き合いを続けている彼女はそう言った。薄いグレイにも見える銀髪を長く伸ばして、ぼくと同じハイスクールの、ホワイトのシャツに青いブレザーを着ていた。彼女の外見は北欧系のクォーターたる出自によるものではなくって、無重力と宇宙線が与えたものであって、宇宙を体現しているともいえないことはなかった。人体に害はないと言われ、推し進められた宇宙政策ではあったけれども、何の影響も与えないということはなかった。とはいえ、大きな健康被害を起こすほどのものはそうそうなかったし、あったとしても遺伝子治療を行うことも可能になったけれども。
そんな宇宙時代の少女は、北条アンリと言った。
ぼくは、アンリのことが好きだった。昔から。
彼女も、たぶん僕のことは憎からず思っていると思う。
人類が宇宙に居住地を作らなければならなかった背景として、手におえないほどの人口増加があったため、風潮として、今の時代はあまりそういうのが好まれないのもあるし、彼女自身そういうものにあまり興味を持っていないように見えるけれど、言い寄る男はそれこそ星の数ほどいたのに、未だに一度も男と付き合っていないのは、そういうことじゃないかと思うのだ。都合のいい思い込みだと自分でも思うけれど。
「うーん、ちょっと。どうしても、地球の空が見てみたくなって」
夢の話は、しなかった。男友達の前なら、まあ、冗談めかして言えなくもなかったけれども、女性の、アンリの前では、なんとなく、夢の話をするのは恥ずかしい事のように思えたし、恰好を付けたかった。
「ふうん。空なんて、ただ青いだけじゃないの?それは、簡単に見られるなら、私だって、見てみたいけれど」
「まあ、そうなのかもしれないなあ。べつに、ぼくもいつ行くってわけじゃあないんだ。ふ、と、少し興味がわいただけで」
「そう」
「うん」
 なんだか恥ずかしくなって、表向きはこんなことを言ったけれど、僕のこの、地球に対する焦燥感は、単なるはしかではないものだと感じていた。
 もちろん、思春期特有のはしかにかかった人間は、みんなして、これは特別だと思い込んでいるのだけれど。
「そんなことより、電気自動車の免許は取らないの?あなた、もうすぐ十八歳になるでしょう?」
 なんとなく失敗したような気分を誤魔化すために、ぼくは逃げ出すように口を開いた。
「取ろうとは思ってるよ、ないと不便だし。ユニバーシティの入学試験が終わったらになるかな。アンリはどうするの?」
 アイランドは、たとえば地球に比べてものすごく小さな空間であるから、内燃機関の出す排気は猛毒になりうる。だから、アイランドでは工業区画の核融合炉で発電した電気によって、ほとんどのエネルギーが賄われていた。目の前を走ってる三tトラックも、コロニーの外を飛ぶ防空ポッドも、そうだ。
「わたし?わたしは取らないわ。面倒くさいもの」
「電気自動車がないと、不便なんじゃないの」
「わたしはいいのよ、誰かに乗せてもらうから」
「そう」
 ぼくはアンリのことが好きで、それは今となっても変わらないのだけど、それとは別に、なんとなく、胸やけのような、女の子に対する苦手意識みたいなものを覚えた。これは、女の子特有の図々しさだと思う。そんなところが可愛く見えてしまうこともあるのだけど。
 
 ハイスクールの僕たちのクラスは、朝も早くから賑わっていた。まだ始業時間まで30分もあるのにだ。生徒の8割はすでに揃っているんじゃないだろうか?
もちろん、それには理由があって、今日は「朝から雨が降る日」だからだ。アイランド内の天候は、人の手によって厳密に管理されていて、決まったスケジュール通り天候が推移していく。僕の携帯端末によると、今日は朝から正午にかけて雨が降る日だった。あと十分もすれば、メインシャフトのスプリンクラーから雨が散布されるだろう。普段通りに通学していると、通学中に雨に降られることから、著しく評判の悪い日程だった。ぼくたちはそんな雨を避けるために、いつもより早く家を出たのだ。
ぼくとアンリは、自分のロッカーに荷物を詰め込むと、それぞれ、懇意にしている友人グループの輪に加わった。ぼくのグループは、先週発売されたロールプレイング・ゲームの話で盛り上がっていた。
「昨日の夜、斉藤と田倉とおれのパーティーで神殿のボスまで行ったんだけど、あいつすげえ固くてさ。結構レベルは上がってるんだけど、苦戦したよ。アイテム使い切って何とか倒せたんだけどさ」
 輪の中心にいるのは、がっしりした体つきをした、色黒な男子生徒だ。彼は坂上と言って、勉強も運動もそこそこなのだけれど、ユーモアがあって、自然とぼくらのグループの中心になっていた。
「神殿って、天使のやつだっけ、ボス」
 話題のゲームは、コロニー中で話題になっている大型タイトルで、このクラスの男子のほとんどが、女子ですら三分の一くらいがプレイしていた。旧世紀のMMORPGをルーツに持つゲームで(とはいっても、このMMORPGの発展系こそが今では『ロールプレイング・ゲーム』と呼ばれているわけだが)、発売初日から勢いよくダウンロード数を伸ばしていた。そろそろ、ミリオンを達成するのではないだろうか。
「おう、それそれ。お前ももうあそこまで行ったの?」
 ぼくの脇にいた男子が答えた。
「ぼくもちょうど、芦野たちと昨日倒した。あいつ、魅了効くからちょろいぜ」
「えっ、あいつは魔法無効だろ。試したけどさ、魅了も何もないじゃん」
 今度は、坂上だ。
「だから、弾丸の追加効果で付けるんだよ。ガンナー一人いるとけっこう便利だぜ」
「マジかよ、損したな……ガンナーって、誰やってたっけ」
「竹内とぼくがやってる」
「そっか、そろそろバランス考えてパーティー組み直してもよさそうだな。伊藤、おれとパーティ組まないか」
 伊藤、ぼくのことだ。彼は大剣を振り回す職業を選んでゲームをプレイしていたから、後列から銃を撃つぼくの職業とは、そこそこ相性が良かった。
「いいよ。その編成だと、後二人は前衛職とキャスター欲しいな。けどチーム二つ分のバランス考えなきゃあ」
「このグループ前衛と後衛がうまく半々に分かれてるし、何とかなるだろ。斉藤がニンジャだから、斉藤を入れればもう片方の前衛もバランスよくなるんじゃないか」
「おれはそれでもいいよ。そうしたらキャスターじゃなくてフォースがほしいけど」
 僕の脇にいる男子、斉藤だ。
「だったら――」
 始業まではあと二十分近くもあった。いつも夜更かししていることもあって、早起きするのは嫌だったけれども、ぼくはこの、朝から雨が降る日が、嫌いではなかった。
 
「またゲームの話してたの?」
 ホームルームを終わらせて、一時限目の授業の準備をしていたら、アンリが声を掛けてきた。
「そうだよ。先週発売したばっかりだし」
 なんとなく、馬鹿にされているような気がしてしまって、言い訳するように答えた。もちろん、本当に馬鹿にされているのではなくって、ぼくが勝手に、17そこらにもなってゲームにうつつを抜かすのを恥ずかしく思っている部分があるというだけなのだけれども。
「そう。女の子の中にもやっている人が、けっこう居るみたいね」
「そうだね。鳥居さんとかやってた気がするな。アンリたちは、何の話をしてたの」
「いろいろよ。昨日あったこととか、誰が誰と付き合ってるだとか、今度やる映画の話とか。そうだ」
「なんだよ」
「来月の頭、空いてる?日曜日」
「来月?まあ、特に何も、入っていないけれど」
 今月もまだ始まったばかりだっていうのに、何の話だろうか。
「何があるの」
「さっき、話に出たんだけれど、新しい映画をやるのよ。見てみたいと思って」
「へえ、どんなやつ」
「恋愛もの。なんだっけ、旧世紀の文学らしいけれど」
「ふうん」
 映画の内容だけ聞くと、あんまり、気乗りはしなかった。17の男子に恋愛モノを楽しめる人間がどれだけいるのか不思議なところではあるし、ぼくは割とひねくれている方だという自覚があって、よくある恋愛もののお涙頂戴というか、なんだか安っぽくて都合のいいところが好きではなかった。
 しかし、それはぼく一人で純粋に映画だけを鑑賞した場合であって、アンリと一緒に見る、ということなら断る理由はなかった。むしろこちらからお願いしなければいけなかったってものだ。
「わかった。来月ね」
 素っ気なく答えたのは気恥ずかしさのせいで、決して面倒だったとか、アンリと出かけるのが嫌だというわけではなかった。そしてそれはアンリにも伝わっているはずだと、なんとなくそう感じた。
「見てたぜ」
 アンリと話を終えてすぐ、後ろから坂上に声を掛けられた。
「見てたって、何を」
「お前らが、デートの約束してるとこ。せめて人が居ない時にやれよ」
 驚いて、一瞬返答に詰まった。デート。確かにぼくは、そのつもりでいた。ぼくはデートだと捉えているけれど、でも彼女はそんなつもりはないんだろうな、と思い、疼く胸に、ナルシシズムな感傷に浸りもしていた。でも、それがアンリにまで見透かされていたんじゃないかと、そう思ってしまったのだ。
 繕うように、定型句を口にした。
「あれは……そういうのじゃ、ないんだ。幼馴染だから、それだけだよ」
「ふうん」
 坂上は、まるでどうでもいいというように、相槌を打った。


 退屈な歴史の授業が始まって、ぼくはこっそりと携帯端末をポケットから取り出した。ブラウザを起動すると、愛用の検索エンジンのトップページが出てきた。僕は、ワードボックスに「地球」と入力して、エンターキイを押した。なんでもいいから、なにか地球に近づく行為をしたかったのだ。
ばかみたいな数の検索結果が表示される。一番上に出てきた、ウェブ百科事典のページを開くと、地球に関する無味乾燥な文字列が記述されている。太陽系第三惑星、赤道半径六千三百七十八キロメートル、マントル、地球の発生、僕たちの遺伝子の故郷、僕たちが捨てた母。一通り眺めて、検索エンジンでサガミハラから地球への行程を検索する。エンターキイを押すと、いくつかの選択肢が表示された。どこのスペースポートに着陸するか選ばなくてはならない。少しだけ悩んで、僕は、一番上に表示されたキャリフォルニア・ポートを選んだ。
 検索結果が表示される。片道一週間、かかる費用は学生の僕にはとても払えない大金。平均的な社会人の月収三か月ぐらいだろうか。地球なんてめったに行く人間もいないため定期シャトルは出ていないし、ここは特に地球から離れたコロニーだから、特別に割高だ。いい大人が無理をすれば行けない値段ではないけれど、そもそも行くだけの魅力がなくて割高になっているのだった。
「地球」
 教壇の方から、言葉が突き刺さる。ちょうど、近代史の地球を脱したあたりが取り扱われていた。
「21世紀の後半に起きたブレイクスルーは急激な人類の人口増加を引き起こし、人類は宇宙へ進出することを余儀なくされました。この辺は皆さんご存知だと思いますが」
 老教師の言葉が淡々と、歴史を切り開いてゆく。ほとんど知っていることだったけど、地球、という単語が僕の意識を引き付けた。携帯端末をブレザーの胸の内ポケットに突っ込んで、顔を上げた。
「まず先進国が人で溢れ、人が人を発展途上国に押し出していったことです。占領政策にも似ていますが、地球全体を一つの国家にする、という連邦思想がそれを後押ししました。同じ国家であるから、占領などではなくただの移住になるわけです。そして、技術的・経済的に発展していた地域から開発途上地域へと人間が流れこむのに合わせて、急激に技術が流れ込んだわけです。まあ、実質的な領地拡大を行っているつもりだったんでしょうね」
 この辺を詳しく聞くのは、授業では初めてかもしれない。常識ではあったけれど、ジュニアハイでは、もっとざっくりとした説明で終わらせていた。少しだけ新鮮な気分になる。
「その技術が、命取りになりました。当時の開発技術はそれは目覚ましいものでしたから、一瞬で人類の手が入っていない地域がなくなって行ったわけです。そうすると、次に死亡率が急激に低下します」
 斜め前の坂上を見やると、机に突っ伏していた。教室を目立たないように見回すと、ちらほらと寝ている人間や携帯端末をいじっている生徒が目に入る。地球とは、そんなにつまらない場所なのだ。もうあの星には何もないことを、みんなよく知っていた。地球回帰運動なんてのをする人間もたまにいるけど、そんなのもたいていは悪化した治安と不便に叩き返されてくる。
「医療技術が開発に伴って広がったわけです。そうなってしまえば、ただでさえ人類は土地を食いつぶしていたわけですから、その速度に拍車がかかるわけです。もちろん、当時の人類だって愚か者の集まりではありませんから、そんなことは予見できていました。ダイクン副首相が先導して、アイランドの建造を並行して進めてきたわけです」
 ノートを取るでもなく、ただ教師の話を聞き続けていると、突然、ポケットに突っ込んだ携帯端末が震えた。
 こっそり取り出して、携帯端末を開く。メールだ。アンリから。
「ねえ、次の数学の小テストの範囲どこだっけ」
 タイトルもなしに、それだけが送られてきた。内容も素っ気ない。女子の間でメールを送るときはいちおう顔文字なんかも使うらしいけれど、ぼくに対しては昔からこんな感じだ。
「教科書の133ページから、その単元の終わりまで。たしか140ページの内容が重点的に出たはず」
「ありがと。帰りにアイスおごってあげる」
「やった」
「ついでに本屋も付き合ってね」
「うん。何の本?」
「内緒」
 もうちょっとメールを続けたかったけれど、さすがにちょっと難しいかもしれない。あんまりしつこくしても仕方がないし。彼女の小テストの勉強を邪魔しても仕方がなかった。
 顔を上げて、授業に戻ると、もう人類は地球を脱出していた。

琥珀の銘:6・7


それから一週間の間、お嬢様は学校を休み続けた。
担任は季節外れのインフルエンザとか言っていたけれど、たぶん嘘だろう。あまりにもタイミングが良すぎるし、それになにより、吸血鬼は代謝がいいから、基本的に病気にならないはずだ。
なんとなく、気分が晴れなかった。
お嬢様と顔を合わせても気まずいのは分かり切っていたけれど、それにしてもなんだか気持ちが悪かった。
まるで何もなかったように一週間を過ごした僕は、やはりなんとなくモヤモヤしたものを抱えたまま、日曜日の朝を過ごしていた。
本当に平穏な一週間であった。放課後は久々に友人とゲームセンターに寄れたし、ここのところ久しく行っていなかった行きつけの本屋にエロ本を買いにいったりもした。生徒会に所属している友人に頼まれて生徒会の手伝いをしたりすることもあった。僕の目的は生徒会長の上向きのおっぱいだったけれど。授業が半ドンだった昨日は、花村と、ちょっと足を延ばして新宿に出たりもした。
吸血鬼なんて物騒なもの、影も形もなかった。
なのに、こんなに平穏で楽しい毎日なのに、どうして、物足りなく思えてしまうんだろう。惰性で動くだけの、どこか非現実的な日々に感じてしまうのは、どうしてだろう。
結局、僕は、今日一日家に籠って過ごした。何を見ても全く面白くないテレビを眺め、読みかけの小説を読み、食事は適当にコンビニで買って済ませた。
何もしていない時間があると、つい、お嬢様のことを、ミノリさんのことを考えてしまう。いきなり吸血鬼って言われたって、人間じゃないって言われたって、どうしろって言うんだ。こんな時、漫画やなんかだったらそんなものを気にしないで、彼女たちと向き合って、向き合うことができて、ハッピーエンドなのだろうか。
でも、僕にはそんなことできそうにもなかった。
そもそもが、僕は彼女たちに対して何を思っているのか、彼女たちに抱く感情がなんなのか、彼女たちにどう向き合ってゆけばいいのかはっきりとわかっていないし、それに、彼女たちは、やっぱり、吸血鬼なのだ。
彼女たちは、僕と違って、血を啜る。血を欲する。
それは、きっと僕には永遠にわからないことだ。それこそ、吸血鬼にでもならないと。向き合ったところで、僕には彼女たちの欲がわからないのだ。彼女たちが僕に向ける、血欲というものが、わからないのだ。
純粋に、わからないものは怖いと思うし、何より、不安なのだ。彼女たちは僕を、血袋としてしか求めていなかったんじゃないかと。
考え込むたびに永遠に同じところを回るものだから、できるだけ、何もしない時間を作らないようにして、一日を過ごした。
そうこうして、いつもならやらないようなことまでして時間を潰していると、夜の十時を回ったころにチャイムが鳴った。こんな時間に誰だろうか?最近物騒だし、気を付けた方がいいかな。
「はーい」
「こんばんは。夜分遅くにすみません」
 ドアを開けると、ミノリさんが居た。いつも通りのメイド服を着ている。この格好でここまで来たのか。ご近所で噂になったりしたらどうしよう。時間も時間だし、目撃者もそんなにいないだろうけど。
それにしてもなんだか懐かしい。この人と会うのも一週間ぶりだろうか?
「ミノリさん?どうしたんですか?」
「いえ、ちょっとお話がありまして。今、いいですか?」
 まあ、どうせやることもないのだ。ぞれは全然構わないのだが。
「はあ、まあ、構いませんけれど。どうぞ」
「お邪魔しますね」
 とりあえず居間に案内すればいいだろうか。友人として見たら、自室に案内した方がいいのかな。いや、相手は女性なんだぜ?女性が家に来た経験なんてまったくない。どうするのが正しいんだろうか?
「今日は、どうしたんですか?話、って?」
「ねえ、それより、トモ君の部屋、行ってもいいかしら」
 彼女は、僕の質問には答えずにそう言った。彼女に、僕のことを好きだと言ってくれた彼女にそんなことを言われると、少し意識してしまう。
 ――彼女は、吸血鬼だけど。
 それでも、うかつにも先走った息子が少し反応して、履いていたチノパンを少し盛り上げた。
 僕が彼女を先導している風だから、彼女には見えていないはずだ。部屋に着くまでには収まるだろう。もちろん、余計なことを考えなければだけど。
 必死になってなんでもない風を装いながら、顔を彼女の方に回して、言葉を返した。
「はあ、そりゃ、別にいいですけど。そんなに、その、話しにくいような内容なんですか?」
「ええと、そういうわけじゃないんだけどね」
 やけに優しい表情で、彼女が微笑んだ。
「じゃあ、こちらへどうぞ。すいません、ちょっと散らかってますけど。今お茶を淹れてきます」
「ああ、お構いなく。それより」
「じゃあ、とりあえず、椅子、どうぞ」
ミノリさんに椅子を勧めて、僕はベッドに腰掛けた。
「それで、話って」
「ええ。お嬢様と正樹さんは、引っ越すことになりました。どこか遠くに。もしかしたら、国外かもしれない。そこまでは知らないんだけど」
 本当に、本当にあっさりと、ひとかけらのためらいもなく告げた。少しばかりピンク色の妄想をしていたのだけれど、そんな気分は一瞬にして吹き飛んだ。
 お嬢様が、引っ越す?
 また?また彼女は、僕の前からいなくなるのか?
「なんで、なんでそんな、急に」
「あなたに吸血鬼のことがバレちゃったから。――いえ。お嬢様が、我慢していられなくなったから」
 ここ一週間、お嬢様が学校に来なかったのは、そういうことなのか?来ても、しょうがないから?それとも、そもそもが、僕と距離を取るため?
 恐らく、後者だ。
「どういう、ことですか」
「知らない。私は、彼女のこと、説明したくないわ」
 温和な彼女にしては珍しく、冷たい口調で、ともすれば侮蔑を含んでいるかもしれない声色で彼女は言った。
「そんな……それで、ミノリさんはそのことを言いに?」
「ううん?もっと大事なこと。私はあそこに残るのよ。大学にも通わなきゃならないものね」
 彼女はいったんここで、言葉を区切った。
「だから、二人で暮らさない?あの屋敷に一人じゃ寂しいものね」
 唖然とした。僕を取り巻く状況が理解できなかった。お嬢様がどこか、どこか遠くに引っ越して、僕とミノリさんが、二人で、お嬢様たちのいない屋敷に暮らす?
 しかも、それは「そういう」ことだろう。
「お金なら心配ないわ。私には、十分な、維持費みたいなものが出るし、最悪アルバイトしたっていいし」
 僕が唖然としていると、彼女はそう付け加えた。
 なぜか、お嬢様に対する後ろめたさみたいなものを感じた。お嬢様が居なくなった屋敷で、僕とミノリさんの二人で暮らすなんて、どこか、彼女に申し訳ない気がしたのだ。落ち着いて考えたら、彼女と僕はただの雇用関係であったことしかなくて、今にしてみればただの顔見知りのようなものだというのに。
 それに――その生活は、僕にとって、一人より、寂しいんじゃないだろうか。
「ええと――その、」
 無言の空気に耐えきれず、口を開いた。だけど、もちろん、何を口にすればいいものかわからないからこそ無言であったのであって、僕の口から続く言葉が発せられることは無かった。
「まだ、答えは出てないの?一週間ぐらい、経ったけれど」
 何も答えられなかった。答えを出せていない気まずさみたいなものもあったし、何より、この場の、異様な雰囲気に呑まれてしまったのだ。
 僕が口を開かないことを見透かしてか、ミノリさんが続けた。
「でも、もうだめよ。もう時間切れ。もう私も、我慢できないもの」
彼女は、椅子を立ち、ベッドに腰掛けた僕の目の前に来て、そっと屈みこみ、僕の顔に手を添えて、耳元でやさしく囁いた。耳に彼女の温かい吐息がかかる。くすぐったい。
香水の匂いだろうか、兎に角、鼻腔を通って、脳みそを甘く溶かすような彼女の香りがして、一瞬にして体が彼女を抱こうと準備をしてしまう。ブラウンのチノパンに締め付けられた股間が痛かった。
「わたし、トモ君の事、好きよ。どう(・・)しても(・・・)、自分のものにしたいくらい」
どうして、どうして僕なんかのこと。
「どうして、そんな」
  僕なんて、自分がどうするべきか、どうしたいのかもわからないし、性欲にまみれている矮小な凡人だというのに。
蕩けている頭をどうにか回して、理性で自分を押さえつけた。
「だって、あなたの血、飲んじゃったんだもの。今までずっと我慢してたのに、何も知らないあなたが、無防備なものだから。信じられないくらい、美味しかった。あなたの血、相性がいいみたい。もう忘れられない。あなたに血を飲ませてでも、わたしのものにしたい」
「そんな、それだけで、そんなことで」
 信じられなかった。彼女は、彼女たちは、僕のことを、食料としてしか見ていないのか。
「あなたは、僕の血が欲しいだけなんですか」
 好きって言ってくれたのも、僕の血のため。食事のため。
彼女は、本当に、本当に優しい声色で囁いた。
「大事なことよ。あなたの血も、あなたの性格も、あなたの容姿も、すべからくあなたの要素。あなたの人格を愛すのも、あなたの容貌を愛すのも、血を愛すのも、すべて同じこと」
いや、そうじゃない。それがきっと、吸血鬼なのだ。これがきっと、彼女の、吸血鬼の愛し方なのだ。お嬢様もそうだった。だけど、お嬢様は必死に、血と、血を求める欲求と戦っていたのだ。彼女は、吸血鬼で、居たくなかったから。人間として、僕を愛したかったから。
――僕が、彼女のことを人間だと言ったから。
たぶん、そういうことだ。
自意識過剰かもしれない。でも――たしかに、そうなのだ。僕も彼女と同じくらいひねくれているから、彼女のことが、わかる。
「それに、私はあなたのこと、好きよ。放っておけないところも、優しいところも、優柔不断なところも。ただ、あなたの血も、愛しい」
 ほとんど抱きつくようにしながら、彼女は耳元でそう囁いた。
「トモ君はわたしの事、嫌い?」
「そういうわけじゃ、ないですけど」
そうだ。むしろ好きだと思う。だけど、これが本当に彼女の事を愛しているのか、それとも性の対象として求めているのか、未だに分からないのだ。お嬢様の事だってある。僕は二人に対して好意を抱いているのだ。それがどのような好意かは置いといて。
こんな宙ぶらりんな状態で、僕は彼女の求めには応じちゃいけないはずだ。
「その、好きなんだとは、思います。でも、自分でも色々よく分かってなくて、だから、その、」
「好きなら、いいじゃない。トモ君はわたしじゃ、いや?ずっと一緒にいてあげる。わたしの事しか考えられないあなたと、長い、普通の人じゃ考えられないくらい長い時間を、ずっと一緒に。それってきっと、この上なく幸せなことよ。最初のうちは二人っきりで、淫蕩にふけっていてもいい。その次は、旅行でもしましょう。旅行にも飽きたら、そうね、旅の内で気に入った場所があったら、そこに住みましょうか。ねえ?あなたを幸せにしてあげる。忘れられないくらい、気持ちよくしてあげる。だから」
 きっと、よくない事であるのはわかっていたのだ。だけど、どうしても僕は、彼女の淫靡な姿に、彼女の声色に、彼女のものか僕のものかわからない寂しさに抗えず、彼女を抱きしめ、言葉をさえぎるように、くちづけをしてしまったのだ。
 この時の僕は、他のなにもかもを忘れていた。彼女の、ミノリさんのことしか目に入っていなかった。
くちづけて、すぐに彼女が抱きしめ返してきた。柔らかい。同時に、彼女の舌が僕の舌に絡みつく。腕に力を込めて、僕も彼女を求めた。
ひとしきり求め合った後、唇を放すと、どちらからともなく、僕の座っていたベッドに倒れこんだ。僕の上に倒れこんだミノリさんが、体勢を変えて、僕の上にまたがる。腰に心地よい重みがかかる。もう一度顔を寄せ、軽くくちづけた。ワイシャツのボタンに彼女の手が伸びる。
「いいよね……?」
 字面だけ見れば確認しているようだが、その実、誘うように彼女が囁く。耳元で、彼女のかすれた息遣いが聞こえてきた。
 僕は何も答えず、ただ、彼女を受け入れた。露わになった首元に、彼女の牙が突き立てられる。彼女の牙が肌を裂き、肉を掻き分け、僕の血が、生命が、溢れだしてゆく。痛みは全く感じなかった。温かい。突き立てられた彼女の牙を通じて、彼女を抱いた体を通じて、熱が流れ込んできた。満たされてゆく。愛しい。彼女のことが、ただひたすらに、愛しい。彼女の腰に手を回し、抱き寄せた。柔らかい。抱き寄せたついでに、彼女のエプロンドレスのホックを外した。彼女の服がはだけてゆく。
「いとしい」
 彼女がいったん、血を啜るのをやめた。するとすぐに、僕の首筋から流れる血が止まる。
「貴方のことが、いとしい」
 はだけた服もそのままに、ミノリさんが、目を細め、右手でそっと、淫靡に傷口を撫でる。首筋を撫でた後、彼女は僕のチノパンのボタンを外した。張りつめていたところに余裕ができて、はち切れそうな股間の痛みが楽になった。
 もう一度、口づけを交わした。そっと、慈しむように。すぐに口を離すと、彼女は、その牙で下唇を噛み切った。血が滲み、溢れてゆく。
 彼女の、真っ赤に染まった目がこちらを見た。血の色だ。吸い込まれてゆく。彼女のことが欲しかった。もっと。
 口づけを交わす。乱暴に、互いの血を求め合った。抵抗する気なんてのは微塵も起きなかった。むしろ、僕は彼女を受け入れたかった。彼女の愛情が、欲しかった。彼女が僕の上に座り直した。
欲求の示すままに、ひたすらに彼女を求めた。抱きしめ、彼女の至る所をまさぐり、吸いついた。念入りに口づける。ありとあらゆる方法で、彼女の温かさを求めた。彼女の手が僕の体に巻きつく。
 口づけすると、彼女は僕の左肩に噛みついた。血が溢れ、彼女に奪われてゆく。彼女に与えられるのが、嬉しい。彼女を求められるのが、嬉しい。
 彼女に肩を食い破られても、やはり、痛みみたいなものは全く感じなかった。むしろ気持ちいい。
 血を吸われながら、ミノリさんの体を強く抱きしめた。彼女のふくよかな胸が僕の胸板から腹に押し付けられてつぶれる。柔らかくてあたたかい。
 満たされていた。彼女に血を与えることで。彼女の血を奪ったことで。彼女の愛情を受け入れることで。
彼女は少し顎の力を弱めると、ちろちろと、舌で傷口を愛撫した。僕も、彼女の腰を軽く撫でて、エプロンドレスの黒いスカート越しに大きなお尻を掴んで、撫でまわした後、乱暴に揉みしだいた。
どちらからともなくくちづけをする。血の味がする。彼女の血と、僕の血が、混じり合った味だ。鉄臭い味しかしなかったけれど、僕たちはお互いを執拗に、血の味がなくなるまで吸いつけあった。
長いキスを終えると、僕は彼女のスカートに手を差し込んで、直接彼女のお尻を愛撫した。左手で彼女の胸を弄ぶ。その間、彼女は腰を僕にこすり付けていた。彼女が軽く、喘ぎ声を漏らした。
彼女の胸をひとしきり味わうと、彼女の舌が僕の胸板を舐める。彼女は僕の胸板にじゃれつきながら、左手で僕の手を握り、右手で僕の下腹を撫でた。トランクスの上から僕の下腹をいやらしい手つきで弄んだ。鳥肌が立つような快感が走る。
僕も、お返しに、最初はスカートの上から、少しするとスカートの中に手を入れて直接、彼女の下腹をまさぐった。彼女の手は止まらない。
こらえきれない。
彼女の上体を無理やり引き寄せて、力任せに唇を奪う。彼女の歯、いや、牙がぶつかったけれど、そんなことお互いに気にしない。口の周りがべとべとになるまで求めあう。彼女の体をまさぐるのも忘れない。
「もう」
 限界だ。我慢できそうにない。



何も考えている余裕なんてなかった。お互いにただ、欲求に従って、相手の血を啜り、体を求めた。
僕たちの血は、僕たちは、混じり合っていた。
どれだけの時間が経ったろうか。とてつもなく長い時間が経ったような気がする。まるでえいえんを過ごしているような、いや、それは僕の願望だろうか。あまりにも甘美なために、時を進めたくないと願っているのは僕だろうか。
彼女を自分のものにしたいと、彼女の時間すら支配したいと、思っているのは僕だろうか。
緋色の憎しみがあって、翡翠色の哀しみがあって、ラベンダーの恋しさがあって、向日葵色の興奮があって、純白の渇望があって、琥珀色の幸福があって、緋色の絶望があって、ここにはきっと、僕の中にはきっと、この世のありとあらゆる感情があった。憎しみからそっと、愛しさから激しく、渇望から優しく、そしてありとあらゆるすべての感情から、彼女を求めた。



ずっと、長い時間、ぐちゃぐちゃになって、どろどろになって、何も考えずに彼女と交じり合い、溶け合った。
 彼女を求めながら、僕は、何かがわかったような気がしていた。
 いつか掴みかけた、何かの答えが、今度こそ、本当に、指の先にかかったのだ。
 解放感が、なにかに救われた実感が、何かを救い出した実感が、僕の身を吹き抜ける。喜びのままに彼女に口づける。そうだ。わかったんだ。こんなに、簡単なことだったんだ。
僕が何に包まれているのか、僕が何を抱いているのか、やっとわかった。
愛だ。
愛情だ。
この、恋しさと、愛しさと、憎悪と、興奮と、怒りと、渇望と、困惑と、喜びと、絶望と、哀しみと、幸福と、むなしさと、それからありとあらゆる感情を一つにまとめて圧力鍋で煮詰めたような、どろどろで、粘着質の、黒ずんだ感情。もし、みんなが言うような、人類が共有してしまうような愛なんてものがあるのなら、きっとそういうものだ。そんなものでいいのだ。
 愛なんて、きっと、そんなに綺麗なものじゃなくていいのだ。

僕たちはきっと、何もかもを愛にできる。
だから僕は、この感情に、今僕が、お嬢様とミノリさんに抱いている感情に、愛という名前を付けた。
 これが愛情だ。僕の。愛情は今生まれた。今僕が名付けた。

 僕にとっての愛って、こういうことだ。

 そうだ。僕が今まで、ミノリさんに抱いてきた感情は、お嬢様に抱いてきた感情は、僕の愛情だったのだ。今なら胸を張って――いや、最初から、胸を張ってよかったのだ。
僕は今まで、性愛に出会ったことがなかったんだから。
そうだ。出会ってから、名前を付ければいい。名前だけ先に知ってしまって、その名前に振り回されていたのだ。

でも、もう遅い。僕はもう、ミノリさんの血を飲んでしまった。ミノリさんの人形になる契約を交わしてしまった。
お嬢様に、ミノリさんに、どうしたいか、ようやくわかったんだ。だけど、その機会は永遠に失われてしまうだろう。ミノリさんに心酔し、彼女のことしか考えられなくなってゆくのだろう。僕の中からお嬢様が抜け落ちてゆくのだ。
おぞましかった。僕自身がどうしたいのかようやくわかった今、お嬢様の存在がなくなってゆくだろうことがおぞましかった。
お嬢様が愛しかった。彼女の気高さが、偏屈な吸血鬼が、僕の原風景が、途方もなく愛しかった。
ミノリさんが愛しかった。僕にそっと寄り添っている温かさが、途轍もなく愛しかった。

自分が何を言っているのかはわかっているつもりだ。そうだ。僕は、二股がしたいのだ。お嬢様も、ミノリさんも、そのどちらも、失いたくないのだ。
僕はこのまま、お嬢様を失ってゆくしかないのか?お嬢様が消えてゆく恐怖に、そしていつの日か何も感じなくなることへの恐怖に、怯えているしかないのか?
――いや。
そうだ。ある。一つ(・・)だけ(・・)方法(・・)が(・)、残って(・・・)いる(・・)。
そっとベッドを抜け出して、簡単に身支度を整えると、僕はドアを開けた。空気の籠った室内にいたため、ひんやりとした外気が凄く心地よかった。
「……ごめんなさい」
僕は多分、凄く、あなたに対して悪いことをしています。都合のいいことを言っているとは思うけど、それでも、僕はあなたのことが、好きです。あなたのことが、欲しい。
そうだ。今なら自信を持って言える。

僕のこの感情は、まごうことなき、僕の、僕自身の、愛だ。

そこら辺のミュージシャンから借りてきたわけでも、小説家から奪い取ってきたわけでもない、僕の愛だ。
「愛してます」
 ――あなたのこと。だけど、僕は、僕の愛情はそれだけじゃなかったから。行ってきます。
 そっと部屋を出て、玄関へと急いだ。

「もう。力づくで押さえつければよかった」


     7

 草木も眠る時間の住宅街は、不気味なまでに静かだった。まるで、僕が知らない世界に迷い込んだよう。なんかのゲームみたいだ。これから行うことを考えたら、わくわくさえしてきた。自然と歩くペースが上がる。
 国道沿いの道へ出た。規則的に並んだ街燈と、不自然なまでに明るいコンビニエンスストアの光が国道を照らしていた。国道沿いということもあって、色々な店が並んでいるけれど、そのどれもがシャッターを閉め、まるでなにか恐ろしいものから隠れるように個性を消していた。この状態じゃあ、本屋も釣具屋も大して変わりやしない。宵闇を恐れていないのは、大手飲食店とコンビニエンスストアだけだった。高い光度が眼を刺す。
 コンビニエンスストアの光がひどく無粋なものに思えて、僕はひとしきり空を見上げると、早足で住宅街へ入って行った。下弦の月が、寂しそうに佇んでいた。



見慣れた道を早足で歩いて15分。すでに生活の一部にさえなっていた、あの、不必要なまでに大きな屋敷が目に入る。曲がり角を一つ曲がって、後はまっすぐ進めば、そうだ。僕の職場、そして、彼女の、吸血鬼(愛しい人)の待つラストダンジョンに到着だ。結局ダンジョンには、吸血鬼も、お姫様も眠っていたのだ。
こんな夜中だ。門には鍵がかかっていた。そりゃそうだ。いつも9時には閉めていたもんな。しかし、そんなことは織り込み済みだ。屋敷の裏手に回り、小さな山に足を踏み入れる。山って言ったって、そんな大層なもんじゃない。丘、というほうが正しいのだろうか?とにかく、僕はそんな小山に入ると、木々の間をくぐり、腐葉土を踏み固め、子供のころと同じように、こっそりと屋敷の敷地に入ったのだ。
あとはもう、あのときとはわけが違う。勝手知ったる屋敷だった。
この屋敷、いつも、一階の物置の、少し高いところにある窓の鍵を、掛けていないのだ。少し骨が折れるけれど、ここから入れるとわかっていればやってやれないこともない。外の、庭弄りのための肥料や土を入れてある物置を開けると、僕はそこから脚立を引きずり出した。
窓の下に脚立を設置して、少し登れば、もう窓に手が届く。
脚立のてっぺんまで登って窓を開けると、窓枠に手をかけて、足から窓に突っ込んだ。確かこの下は、大きな箪笥が置いてあったはず。
箪笥の上に足を置いて、上半身を部屋の中に入れる。真っ暗だ。
携帯のライトで周囲を確認して、箪笥の上から飛び降りた。物をかき分け、物置を出る。
 廊下はもう消灯されていて、月明かりが差すだけだったけれど、今の僕にはそれで十分だ。この家のことを僕は、十分よく知ってる。どこに階段があるかも、どこに彼女がいるかも、わかる。
廊下を早足で、しかし足音を立てないように通って、階段を上った。そうしたらあとは、また長い廊下をゆけば、あの重々しい扉だ。
「何をしているのです!」
 突然、後ろから声が聞こえた。びっくりして振り返ると、そこには、寝間着姿の正樹さんが立っていた。
「トモキ君……?こんな時間に、いったい何をしに来たのですか?それも、どこかから忍び込むような真似までして」
「ええと、その」
 夜這いを掛けに来たとはまさか、言えない。
「……物盗りではないでしょうな?」
「はい、それはもちろんっ」
 正樹さんは一瞬僕の顔を睨みつけると、表情を穏やかにして、言った。
「まあ、用が何であれ、侵入者は捕えてしかるべきところへ連れて行くんですが」
ちくしょう。こんなところでしくじるなんて。だけど、僕には今しかチャンスが残されていないのだ。相手が正樹さんとはいえ、力づくでも押し通らなくてはならない。体格では負けているけれど、体力なら僕の方があるはずだ。正樹さんはなんとなく、こういうのに強そうなイメージがあるけれど、決して勝ち目のない勝負じゃない。
僕がどうにか正樹さんを張り倒すチャンスをうかがっていると、風が吹き、木の葉の擦れる音が廊下に響いたところで、正樹さんが動いた。
「いやあ、年を食うと体のあちこちが悪くなりましてねえ。今日の昼間は庭弄りなんかやっていたものでもう、今も腰が痛くて。これじゃあ物盗りと格闘なんかとてもじゃないけど不可能ですなあ」
言いながら、右手を後ろに回してわざとらしく腰を叩く。
「えっ?」
 何言ってんですかあんた。背筋がピンと伸びて僕より姿勢がいいくらいじゃないですか。
「ふう、年寄りには堪える仕事です」
 そう言い残して、正樹さんは回れ右をすると、廊下の先の闇へと消えて行った。
 拍子抜けしてしまう。
 これは、信用してもらったということでいいのだろうか?恐らく、僕が何のために来たかも、おおよそは分かっているのだろう。
 正樹さんの信頼に答えるためにも、必ず、彼女を口説き落さなければいけない。
 廊下の奥に向かって、ゆっくりと歩を進めた。



 僕は、ついに、彼女の部屋の重苦しい扉の前に立っていた。興奮が身を包む。
 今の僕は、どうしたいのか、よくわかっていた。だから、興奮に後押しされるままに、ためらわずに、扉を開いた。ノックがないのはマナー違反かもしれないけど、夜這いを掛けるのにノックする馬鹿もいないだろ。多分襖には鍵がないから、夜這いにはノックのマナーがないのだ。
部屋に入ってみると、お嬢様は、椅子に座って、真っ暗な部屋の中で、外を、月を眺めていた。月明かりに浮かぶ彼女の姿が、美しく、とても美しく、そして、初めて、可憐に見えた。
ドアを開く音に、彼女が振り返ってこちらを見た。鍵がかかってなくてよかった。鍵がかかってたら、もう少し手荒な手段に出なきゃいけなくなっていた。
「なに?何を、いまさら、こんな時間に何をしに来たの!」
「お話が、あります」
興奮で拍動が聞こえる。勢いに任せて、思いを口にする。
「僕は、あなたのことが、お嬢様のことが、シズネちゃんのことが好きです。愛してる。人が見たら不純だと思うのかもしれないけど、それでも僕は、僕のやり方で、あなたのことを、愛してるんだ」
「そんなの、嘘よ」
「嘘じゃない」
 もう、僕に迷いはなかった。
「だって私、吸血鬼なのよ?今にもあなたの血を吸うかもしれない。あなたの自由を奪うかもしれない」
「それでもいいんだ。『僕にとって自分と同種に見えれば、僕はそれを人だと思います』。ごめんなさい。自分で言ってたのに、気づくのに時間がかかった。そんなこと、別に大切じゃなかったんだ。人間が何かもわからないのに、『吸血鬼だから人間じゃない』なんて、おかしい。あなたは吸血鬼かもしれないけど、きっと、それと同時に人間なんだ」
「それだけじゃすまないでしょう!きれいごとだけじゃ、だって、私はもう、あなたを傷つけたのよ!そんなの、怖いに決まってるわ!誰だって恐れるに決まってる!そうよ、私は、吸血鬼だもの!」
「でもそれが、この傷が、あなたの愛なんだ。そうでしょ?怖くない。僕は、あなたの愛情が怖いなんてことは、絶対にないんだ」
 そうだ。それが、愛した対象を血をもって味わい、血を持って虜にするのが、きっと、彼女の、吸血鬼の愛し方。
「こんなの、こんな汚らわしい欲なんて」
「いいんです。いいんだ、もう。僕はあなたを抱きたい。これが僕の愛し方の一部だし、僕はあなたの愛なら牙を突き立てられたって嬉しい。あなたの血だって飲みたい。僕はその愛を、理解できる。本当に違う?血は、あなたの愛情行為じゃないのか?」
「それでも、そうだとしても、いやよ、怖いのよ」
「なぜ、なぜですか」
 なぜあなたはそんなに、吸血鬼のことが、自分のことが嫌いなんですか?
「愛しく思えば思うほど、血を、あなたの血を飲みたくなって、だんだん、我慢できなくなってっ」
 叫ぶようにお嬢様が続ける。これが、今まで彼女がためこんできたものなのだろう。
「血を飲んで、あなたに血を飲ませて。もう、次は歯止めが効かないわ。あのときだって、私はあなたに血を飲ませようとしていたもの。こんな欲求、愛しい人を自分の人形にしようとする体なんて、嫌いよ。自信がないの。あなたを、あなたのまま愛し続ける自信がないの。あなたを自分の思い通りに動く人形にしてしまうのが怖いの。だから駄目よ。もう帰って。これ以上は、あなたの顔を見ているだけで辛い」
「僕はまだ、あなたの答えを聞いてない。僕はあなたのことが好きだ。付き合ってほしい。僕の女になってほしい。僕を、あなたの男にしてほしい」
「そんなの、嫌いよ、あなたのことなんて、嫌い。そうよ。あなたのことなんて」
「大丈夫。ちょっとずるいかもしれないけど、僕はきっとあなたの血には縛られないから。あなたの人形にはならない。そのかわり、ずっとあなたのそばにいます。あなたの愛情を、受け入れられます。――あなたを、愛せます」
「本当に?」
 ゆっくり、足を踏み出した。彼女に向かって近づいてゆく。
「はい。――だから」
 彼女の体を抱きしめる。暖かい。背に手を回し、強く、自分の体に押し付けた。空いている手で髪を撫でる。
「愛してます。吸血鬼のあなたのことが、人間のあなたのことが愛しくてたまらない。」
「好きよ。大好き。最初に会った時、あなたの言葉を聞いて、救われたのよ。あの時あなたの言ってくれた言葉に。一緒に暮らしてすぐに、あなたに恋愛感情を抱いた。血の渇きも抱いた。いままでこんなに強く、血が欲しくなることなんてなかったのに。ほんとね?本当に、あなたは、ああ、もうわからないわ、ぜんぶ、あなたが欲しいのよ」
「僕も、シズネちゃんが欲しい。あなたの感情も、体も、血も、すべて」
 左手で彼女の手を取って、右手を頬に添え、強く口づけた。いつかと同じように、いや、あれよりももっと強く、お互いを求め合う。
「んっ……」
 名残惜しいけれど、一度、口を放す。
 今まですれ違っていた分を取り戻すために、強く、強く抱きしめた。僕の胸、ちょうど首のあたりに彼女の頭が来る。彼女が、僕の首筋に口づけた。血を吸うためではなくて、甘えるための口づけ。
 右手でお嬢様の腰をつかまえたまま、左手で彼女の頭を撫でた。月明かりを受けて妖しく光る黒い長髪を、指で櫛を作って梳いた。僕の腕の中で、彼女が身じろぎした。
「あなたの血……飲ませてくれる?」
「はい。けど僕はあなたの血も、欲しい」
 彼女のちいさくて、やわらかい掌が、僕の胸板に添えられた。
「ねえ、続きは……」
「はい」
 そう言って、僕は彼女の体を抱き上げて、ベッドに横たえた。
 ワイシャツを脱いで、上半身を露出し、彼女に覆いかぶさる。頬を撫でて、軽く口づけすると、彼女は僕の胸板を指でなぞった。くすぐったい。
お返しに、彼女の、唾液に濡れた形のいい唇を指で触ると、彼女は僕の人差し指を甘噛みした。彼女のことが愛しくてたまらない。
覆いかぶさるようにして、抱きしめた。ベッドがきしむ。
彼女が僕の左耳を甘噛みした。彼女はこういう時、甘えるタイプみたいだ。
彼女が、僕の首筋に、そっと、犬歯を当てた。確認を取っているのだ。きっと彼女も、臆病だから。
「いいですよ」
 ぞぞ、と、肉が裂けてゆく感触。首筋に二つの孔が開けられた。なかなか危険な場所のはずだ。しかし、僕は全く危機感を覚えていなかった。
彼女たちに咬まれても、なぜか、痛くないのだ。それに、傷もすぐに血が固まって、ふさがる。
蚊に血を吸われても痛くないのと似たようなものだろうか?必要が、吸血鬼をそういう風に進化させたのだろうか?
きっと、彼女たちの愛情だからだ。そういうことにしておこう。その方がきっと、素敵だ。
気持ちいい。彼女に血を吸われるのが、とてつもなく気持ちいい。まどろみに包まれているようだ。現実感がない。
彼女の舌が傷口を舐める。牙は刺さったまんまだ。肉をかき分けて、血液が牙と肉の隙間からあふれ出す。彼女が喉を鳴らした。
彼女の体を抱きしめる。そうでもしないと、ふわふわして、どこかに飛んで行ってしまいそうだった。
 
どれくらいの時間が経ったろうか、彼女が、血に濡れた犬歯を僕の首から抜いた。妖艶に、唇を軽く舐めとると、彼女は、覆いかぶさったまま、吸血の快感に呆けていた僕を力づくでひっくり返すと、僕の上に跨った。彼女の長い髪が、乱雑に、だらしなく、どこか淫らに、広がった。
彼女がその鋭くとがった犬歯を使って、自身の右腕に傷をつけた。刺し傷のような傷口から、血が溢れだし、腕を伝い指先へ溜まって、珠になって滴り、ベッドにぴんと張られたシーツに、赤い染みを作った。
僕の口元に右手が差しだされた。こころなしか、彼女の手が震えているような気がする。
差し出された手に、掌に一瞬だけ口づけし、人差し指に吸い付いた。
「んっ」
 彼女が喘いで、唾を飲み込んだ。
彼女の人差し指をねぶり、傷口から流れてくる血を舐めとる。すぐに傷口が固まり始め、血が流れなくなるので、終いには、傷口に直接口をつけて、彼女の血を啜った。
体中に、彼女の血が染み込んでゆく。吸血鬼っていうより、どっちかって言ったら、クイーンメイブかもしれない。たしかな快楽の予感に昂りを感じながら、そんなことを呆然と考えた。

こうして、僕は、彼女のものになった。


     8

「ねえ?これはどういうことなのかしら?」
「いえ、そのですね。ええと、お嬢様に説明した通りでございます」
「『血に縛られない』って言ってたけど、こういうことなんてね……うふふ、なによ、それこそ永遠の孤独から救われた気分でいたら、思わぬ結末だったわ……。何か申し開きはないわけ?」
「これがその、僕の愛情でしてその、僕はお嬢様もミノリさんも等しく愛しているといいますか、どちらも僕には必要といいますか」
 あの後、全てが落ち着いて、僕が晴れて屋敷に再雇用された後、さすがに隠してはおけないし、そもそも隠しておくつもりもなかったので、僕はお嬢様とミノリちゃんに全てを話すことにした。その結果がこの吊るし上げである。正座を強要され、朝っぱらからかれこれ三十分近くも説教の真似事が続いていた。
お嬢様が、なぜ僕に血の縛りが効かないかを疑問に思い僕に尋ねてきたので、これはいい機会だと思い説明したわけであるけれど、今になって冷静に考えれば、どう考えたってこうなることは分かっていた。ある程度は覚悟をしていたけれど、まさか浮気を問い詰められるのがこんなにきついとは思ってもいなかった。
「吸血鬼二人の血を入れれば人形にはならない?ああそうよ、そうでしょうよ!どっちの命令に従えばいいかわからなくなるからね!」
――そう、僕は、ミノリさんの血を飲んだ後、体に回りきる前にお嬢様の血を飲めば。命令系統が混在することになって、少なくとも、お嬢様の命令に従うだけのお嬢様の人形にはならないのではないかと思い、それを実行したのだ。体への影響とかはそんなに考えていなかった。我ながら恐ろしいことをしたものである。
「まあまあ、お嬢様もその辺でいいじゃないですか。私はトモ君が居れば構いませんから。でも、そうね、私に断りもなくこんなことをしたのはちょっと駄目ね。お妾さんを増やすぐらい私は許すけど、それは私も知ってなきゃ」
「……誰が妾ですって?あなたちょっと、雇用主に対する態度ってのを考え直したほうがいいんじゃないかしら?」
「あら、夫婦関係にまで口を出すのは上司の領分じゃないんじゃないかしら。もちろん妾のすることでもないですよ?それにクビになったら、少し予定より早いけどトモ君のおうちにお世話になるしかないですねえ」
「この狸が……!」
「どちらかというと狐を自負してます。コーン」
 ミノリさんが手で耳を作って狐の鳴きまねをする。かわいい。
「ねえ、あなた、この女にはっきり、どっちが妾か突きつけてやりなさいよ!」
「いえ、あの、ですから、僕としてはそのですね、両方とも等しくですね」
「なに?あなた本気でそんなこと言ってるの?この節操なし!あんたは今日一日ご飯抜きよ!反省しなさい!」
「そうですねえ、ちょっと今のは良くなかったかもしれませんねえ。ということでトモ君、今日一日ご飯食べちゃダメよ?」
「いや、そんな殺生な!冗談でしょう?」
 ご飯抜きなんて最近は漫画でも言わないだろ!
「冗談なんか」
「言いません。うふふ」
 なんだよあんたら仲いいんじゃないか。
「お嬢様、そろそろ朝食を召し上がらないと、学校に遅刻してしまいます」
「あらそう、いただきましょう。今行くわ」
「私もそろそろお腹が空いてきましたねえ」
 正座したままの僕を置いて、みんなして食堂に向かっていった。もしかして本当に僕の食事は抜きなんだろうか。
「ああ、ちょっと待ってくださいよ!僕も……って気持ち悪っ」
 なんだこれ。お腹が減ってるのに、まるで胃袋に限界以上に詰め込んだときのように気持ちが悪い。
「お腹空いてるのに!食べたくない!うわぁぁぁぁぁ!」
 なんだこの責め苦。
 どうやら彼女たち二人の意見が一致した時だけ、体が彼女たちに従ってしまうようだ。
それにしても僕は、一日このままなのだろうか。お腹が空いてるのに満腹で気持ち悪いって、これ、すごく気持ち悪いんだけど。



 僕がそのまま、二十分ほど居間で悶え苦しんでいると、食事を終え、軽く身支度を整えたお嬢様がやってきた。
 海明の制服を着た彼女。なんだか懐かしい。
「ほら、早く行きましょうよ!あなたがはっきりしないから遅くなっちゃったじゃない!」
お嬢様に引っ張られ、居間を出て、目の前の玄関で学校指定の革靴に足を突っ込み、屋外に飛び出した。春の陽気というには少しばかり乱暴なくらいに、陽が照り付けていた。もうそろそろ衣替えだったろうか。目前に迫る梅雨を越えれば、そう、夏が来るのだ。
愛しい女性たちと過ごす新しい季節が、楽しみで仕方がなかった。

〈了)

最近は

学会で広島にいってました。

マスコットサイズの不知火ちゃん作ってます。

そのくらい。
プロフィール

武中かおる

Author:武中かおる
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